岡本株式会社 公式靴下ブログ

靴下の歴史

靴下の歴史②‐SOCKS HISTRY‐武士の実用アイテム【皮の足袋(たび)】

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こんにちは!

担当広報の後輩ちゃんです!

皆さん、足袋(たび)って履いたことありますか?

女性なら成人式や卒業式に履かれたことがある方が多いのではないでしょうか?

今回は、そんな足袋のお話です。

 

2着物

 

 

1. 平安時代の貴族の話

椅子と机で生活してきた飛鳥・奈良時代の貴族たちは、平安時代になると高床式の住まいに腰をおろして座るようになりました。

椅子で座る生活様式の方が前だなんて、ちょっと意外ですよね!

さらに、唐王朝の衰退によって、菅原道真が遣唐使を廃止したことも重なり、大陸からの舶来品をありがたがる時代から、日本独特の文化を重んじる時代へと移り変わっていきました。

 

2.武士の登場

貴族たちは平安時代になっても、肉体労働をせず優雅な暮らしをしていました。従って、衣服に関しても伝統を守って、養老の衣服令で定められた襪(しとうず)と沓(くつ)を履いていました。また、この時代から地方の農民の中から武士が出てくるようになります。武士の生活は、公家とはまったく違うものでした。武士と言っても多くは地方の農民出身だったため、普段は農作業を行っており、敵が攻めて来た時に、武器を手に取り戦う―という生活を送っていたのです。

とても働き者だったんですね!!

 

このように、農作業をしたり、戦をしたり…という毎日活動的な生活を送っていた武士にとって衣服はもちろんのこと、履物も、貴族たちが身につけているものよりも活動しやすいものが求められました。そこで、誕生した履物が「草履(ぞうり)」や「草鞋(わらじ)」です。鼻緒があるので、しっかり大地を踏みしめて歩くことが出来るため、武士にとって必需品でした。さらにこの活動的な履物である草履や草鞋を履くようになった武士は、動物の皮革を使った足袋を工夫して履くようになったのです。

 

草履

 

3.足袋の誕生

以前お話しました襪(詳細はこちら)は、錦の絹織物などを縫い合わせて作った布製の靴下のことですが、足袋も同じように布を縫い合わせて作ります。襪との違いは、足袋はつま先が二つに分かれており、また和裁技術の発達により足底に縫製ラインがなく、足底がごろごろしないように発達してきた点にあります。

 

02a

 

足袋の名前の由来ははっきりしませんが、「たび」という呼び方は、一重の皮から作られた単皮(たんぴ)からきたものであるとも言われます。もっとも「足袋」が「たび」と呼ばれるようになったのは、室町時代のことだとされています。

 

靴下の歴史はまだまだ続きますよ…!

次回もお楽しみに★